創立60周年(2000年11月11日)

開式に先立ち、「50周年」時に作成したVTRの上映


記念式典オープニング・ファンファーレ(吹奏楽部)

式典第一部


コーラス部OB・OG諸氏を中心としての校歌斉唱

藤井実行委員長 挨拶

池田高校創立60周年記念行事実行委員会を代表致しましてご挨拶を申し上げます。本日は大阪府教育委員会様を始めご来賓の皆様、ご関係の多くの皆々様のご出席を頂き、このように盛大な記念式を開く事が出来ますのは、池田高校にとりまして大変に光栄な事でございます。
第2次大戦の始まる前の年に、前身の中学校が設立されてから60年間、存亡の危機をも乗り越え、今日の姿にまで成長を支えて頂きましたご関係筋、諸団体などに対し、"池高人"2万5千人の一人として深く感謝を申し上げます。
人生でも最大の区切りとされる60歳の年、時ちょうど世紀の変わり目に当たるこの年に、池高60周年目を迎えたことを、特に在校生の諸君はしっかりと認識して頂きたいと思います。諸君こそは、創立以来の20世記最後の池高生であると同時に、21世紀最初の健かしい池高1期生であります。20世紀の間に先輩が築き、また社会に育てて頂いた伝統を次の世紀に引き継ぎつつ、諸君が、池高21世紀のスタートを切る大役を果たして頂くわけであります。記念事業の一つとして、生徒諸君が企画し近く埋設されるタイムカプセルの中にも、きっとその頼もしい気概が包み込まれる事と思いますが、その:熱い思いと、これから2?3年のあいだの諸君の活躍の成果を、何十年か後の後輩が、誇らしげにひも解き語る光景を、私は今から想像し心をときめかせているのでございます。
60周年に際し、学校、PTA、PTAOB、後援会、同窓会の代表者よる記念行事実行委員会は、この式を含め7つの企画を進めてまいりました。それら7つの企画に共通して込めました思いは、もっと心を通わせ合うコミュニケーションを強めようということであります。生徒同士、先生、保護者や卒業生、さらには周囲の社会や自然環境にまで、もっと互いの思いを伝え合い、理解し合おうということであリます。食堂前の庭園もそうです。タイムカプセルも、未来の池高と社会に発信する諸君のメッセージであります。そして今日の記念品としてお渡ししましたカレンダーも、趣旨に書いてありますように、優しい心のふれあいを始めて頂くためのきっかけづくりであります。
21世紀の池高が、さらに目に見える形での社会との交流を深め、他にはない素噂らしい特色を青てながら、一層の発展を続けていくことを我々も念願し、微力ながらもそのお手伝いが出来れぱと思いますが、その中心はあくまでも生徒諸君自身であります。一人一人が自分というものを確立し、他と競う以上に、自身の目標に向けて挑戦しつつ、特色ある"私"を自分で育てていく、21世紀までちょうどあと50日の今日開かれたこの式が、そのお互いの決意の機会でありたいと切に願うものであります。
ご来臨の皆搬の、引き続き一層の温かいご支援をお願いいたしまして、冒頭のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

学校長式辞

清水秀司校長 式辞
本日、ここに本校創立六○周年記念式典を挙行するにあたり、ご多忙のところ、大阪府教育委員会理事網倉様をはじめ、多数のご来賓の方々、並びに本校にゆかりのある方々のご臨席を賜り、誠にありがとうごぎいます。
さて、本校は、昭和十五年に府立第十六中学校として設立され、平成十二年ここに創立六○周年を迎えました。誠に慶ばしいことでことであります。開校しましたときは、戦時下でもあり、物資が欠乏していたのにもかかわらず、学内には活気がみなぎっていたということであります。翌年に、現在地に移転しますが、ただちに、この地を「歌風創と命名するとともに、石橋駅前から校門までの道を「池高通り」と名づけたのであります。特に、「承風」という言葉は、本校同窓会の名称ともなっており、先人の遺風を継承して時代に流されないという、孔子の言葉からとられたものであります。この気風は、現在も受け継がれていると確信しております。
また、昭和二十三年の学制改革により男女共学となり、府立池田高等学校となりますが、「自主・自律」の校風が新たに培われていき、勉学は言うまでもなく、クラブ活動においても、サッカーやアメリカンフットボールで全国制覇をするなど、大阪に池高ありとその名を広めていただきました。
そして、二万五千人の卒業生は、社会に貢献し、各界・各方面で活躍されるとともに、常に暖かく母校を支援してくださり、本校の発展に尽くされた教職員とともに、現在の池田高等学校を築いてきたのであります。
折りしも、本年は西暦二千年にあたり、二○世紀と二十一世紀の橋渡しをする年であります。二十一世紀は、国際化・情報化が一層進展するとともに、地球規模での環境問題や国内における高齢化社会の問題などに対応するため、学校教育においては、人間の基本的な資質や能力として、豊かな心や人権感覚を育てることが求められています。また、社会の変化に主体的に対応し判断できる、「生きる力jをはぐくむ教育が求められています。さて、生徒の皆さん、「自主・自律jの校風に、「自己実現」と「共生」という言葉を新たに加えたいと思います。「自己実現jとは、自分をよく理解して、自分の個性を生かした生き方をすることであります。本当の自分を見つけだして、自己のアイデンティティを確立するとともに、個性が遺憾なく発揮され、光り輝いていることであります。そして、自分をかけがえのない大切な存在なのだと考えれば、他の人も大切な存在なのだと思うことができます。このことが、r共生」、共に生きるということであります。二十一世紀は、日本の社会においても、異なる文化や習慣を持った人たちがますます多くなるとともに、皆さんも、世界に出でいって活躍することになると思います。その時に、お互いの文化や習慣を尊重することや、日本の文化について誇りを持てるようになってもらいたいと思います。
同時に、地域において、障害を持つ人や高齢者と、共に生きる社会をつくらなけれぱなりません。六○周年の記念品である「ふれあいカレンダー」は、その出発点にしてもらいたいと思ったからであります。この創立六○周年を節目として、いままで培ってきたものを土台に、新たな池田高等学校の校風を創造するきっかけにしていただきたいと思います。
この慶びの日を、在校生・承風会・PTA・教職員の皆様方のご協力・ご尽力によりましてお祝いできましたことに感謝申し上げます。また、大阪府教育委員会をはじめ、本校を六○年の長きに渡ってご支援いただきました多くの皆様方に心より感謝し、御礼申しあげます。
今後、教職員一同、一丸となって本校発展のために尽力する覚悟でございます。これからも本校への変わらぬご支援を賜りますよう、心からお願い申し上げまして式辞といたします。

来賓祝辞(教育委員会)

網倉尚武さん(大阪府教育委員会理事兼教育振興室長)
木々の紅葉が一段と鮮やかさを増し、深まりゆく秋を感じるこの佳き日に、大阪府立池田高等学校創立60周年記念式典が挙行されますことを心からお慶び申し上げます。
式典に当たり、大阪府教育委員会といたしまして一言、お祝いの言葉を申し上げます。
本校は、昭和15年に府立第16中学校として大阪市天王寺区に創設され、翌年池田の地に移転し、府立池田中学校と校名を変更したあと、昭和23年に現在の府立池田高等学校となりました。
校内には、桜の大樹や太古の樹木であるメタセコイアをはじめとして、多くの木々が生い茂り、四季折々の花々が咲き誇る恵まれた教育環境の中で、「自主・自律」の精神を備えた、心身ともに健康な人格者の育成を教育目標とされ、創立以来60年にわたり、地域の方々のご協力に支えながら、教育活動を展開してこられました。
学習活動、学校行事、部活動を通して、豊かで明るい人間性と、幅広い教養を身につけた卒業生の方々が、今、各方面で活躍をつづけられていることは誠に喜ばしいことであります。
歴代の校長先生をはじめ、教職員の皆様に対し、ここに深く敬意を表しますとともに、本校の発展に格別のご協力を賜りました保護者や卒業生の方々、並びに関係の皆様に対しまして、心から感謝申し上げる次第でございます。
さて、今日の社会を取り巻く状況は、国際化、科学技術や情報化の進展、少子高齢化、地球規模での環境問題など、大きく変化しており、教育の分野も様々な影響を与えております。これからの学校教育におきましては、これらの変化に主体的に対応できる力を養うことが求められております。
そのためには、生徒の個性を伸ばし、学ぶことの喜びが満たされる教育を推進するとともに、正義感や倫理観、人権感覚や他人を思いやる心など豊かな人間性をはぐくむことが重要であります。
本校では、日々の授業においては、生徒の自主的な学習意欲の喚起に努め、積極的かつ主体的な学習態度の育成を通して、それぞれの目標を達成させることを重点目標とし、多様な選択科目の設定や小人数展開授業の実施など、早くから生徒一人ひとりのニーズや個性に応じた教育に積極的に取り組んでまいられました。
また、体育祭や文化祭等の学校行事では、生徒自治会書き各立案を行い、当日もほとんど生徒自身の手で運営するといった、まさに「生徒が主人公」の学校行事が伝統として受け継がれております。
21世紀の到来を間近に控え、社会の激しい変化に主体的に対応できる有為な人材の育成を目指し、日々取り組んでおられる本校に対し、期待するところ誠に大いなるものがございます。
本日、ご列席の方々や同窓会、PTAの皆様におかれましては、より一層のご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
最後になりましたが、在校生の皆さんには、この意義深い式典を契機として、池田高校生として地震と自覚をもって、自らの可能性を信じ、将来を積極的に切り開くため努力されることを期待いたしまして、お祝いの言葉といたします。

平成12年11月11日
大阪府教育委員会

来賓祝辞(府議会議長)

松室猛さん(大阪府議会議員)代読
大阪府立池田高等学校創立60周年記念式典が盛大に開催されるにあたり、大阪府議会を代表いたしまして、一言お祝いを申し上げます。
本校は昭和十五年に大阪府立第16中学校として大阪市天王寺区に創立、翌年池田市に移転し、大阪府立池田中学校となり、昭和23年の学制改革により大阪府池田高等学校として男女共学が」始まりました。この間、今日まで60年の歩みを続け、歴史と伝統を誇る学校として着実に発展され、本府の中等教育の充実・向上に重要な役割を担ってこられました。
ことに、社会の幾多の激変と数々の試練を克服し、時代と地域の要請によく応えながら、数多くの優秀な人材を輩出してこられ、大阪の進歩発展に多大のご貢献を賜ってまいりました。
これもひとえに、歴代校長先生をはじめ、教職員の方々の熱意あふれるご指導と、それによく応え努力された生徒諸君、さらにはPTA・同窓会並びに地域の皆様方の絶大なるご理解ご協力の賜であり、ここに深く敬意を表する次第であります。
いよいよあと50日で21世紀を迎えますが、国際社会における大阪府の立場と責任はますますおおきくなってまいります。このような時、新世紀を担う素晴らしい人間を育成するため、教育の果たす役割は一段とその重要性を増し、府民の学校教育に対する期待も一層高まっております。
私ども大阪府議会といたしましては、21世紀の日本・大阪を支える、個性と思いやりのある創造性豊かな国際人の育成を目指して、学校教育の充実、振興に今後とも力を注いでまいる所存でございます。
どうか、本校におかれましても、本日の意義深い創立60周年記念式典を、新世紀への飛躍の出発点とされ、この上とも高等学校教育の充実発展にご精進賜り、池田高校の名声を一層高められ、今後ますますご発展されますよう念願いたします。
終わりになりましたが、本日ご臨席の皆様方の、ご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げまして、お祝いの言葉といたします。

平成12年11月11日
大阪府議会議長 横倉廉幸
  • 来賓紹介
  • 祝電披露
  • 記念事業披露

記念品「心ふれあいカレンダー」を作成してくださった工房「風花」の方と学校長

先輩からの言葉

在校生に贈る言葉
国司晴相さん(池田高校承風会 副会長)
池田高校に在学中の皆さん、承風会副会長の国司といいます。私は高校の九期生で1957年、昭和22年に池高を卒業しました。皆さんのお父さんよりも少し年齢が離れていると思います。その私が現在高校に学ぶ皆さんにお話をすることには、いささかとまどいを感じております。
私は、停年と同時に専門学校に2年間通学しました。現在は介護福祉士として地域の高齢者の支援事業を運営しています。専門学校では60歳のオジサン学生として18歳から20歳ぐらいの方と机をならべて勉強しました。若い世代の方と話を合わすのはひと苦労でしたが、若い人たちが合わせてくれたのには助かりました。
さて、今日は、皆さんに池高の古き時代を知っていただくために、私の高校時代のエピソードをいくつかお話しましょう。
私の池高時代には、"怖い先生"が何人かおられました。私は英語が苦手で宿題をせずに授業に出たことがありました。また間の悪いことにそんな時に限って当てられるんです。もたもたしているとその先生が(池高出身の山本家道先生だったのですが)「両手で教科書を持って、その下から俺の顔を見て5分間立っとれ!」とやられました。
また校則と言う厄介なものがあって、違反するとこっぴどくやられます。教頭の大川先生は登校時間に正門か自転車の裏門に立って、にらんでおられました。遅刻したり、運動靴のかかとを曲げて覆いたりしていると(その時代のはやりだったのですが)、校舎に入れてもらえず立たされる始末です。また、今のテニスコートの東側には運動部の部室が並んでいて、その向こうには柿畑がありました。トレパンと称するトレーニングズボンの両足を結んで袋にして、柿をいっぱい取って、大収穫と喜び勇んで帰ってくると、部室の前にまた例の大川先生です。「皆一列に並べ!」でこんこんと説教されて、怒られるわ、柿は没収されるわ、で困ったものでした。とにかく大川先生は厳しいことで有名でした。
卒業式の日にプールに水がはってあるかどうかを確認しました。大川先生をプールに投げようということになったのですが、先生は隠れてしまって結局未遂におわりました。同窓会でも厳しい先生ほど親しみが残っていてみなの話題になります。
思いますに、池高生は、素直な生徒でした。が、いわゆるまじめ過ぎる生徒ではありません。"一寸ハメをはずして怒られる事に楽しさを味わう?"そんな愉快な生徒でした。それもまた後になると楽しいものなのです。自分だけが目立ちやがりやというのはなくて、グループやクラス全員が目立とうとする、チームワークと言えばいいのでしょうか、そうした"自分はみんなのために、みんなは自分かために"という存在意識や共同責任のようなものをみんなが自然ともっていたように思います。つまり、「俺(わたし)の恥じはみんなの恥じ」を自覚し、「チームが評価されれば学校の誉れ」というような生き方が池高生のスタンスだと思っています。そうした中に先生と生徒の信頼関係が結ばれていたものと思います。
1956年(今から45年近く前ですが)私が池高3年生の体育祭では、生徒会が主催して、文化部と運動部が協同して"仮装行列"を行いました。お殿様やお姫様などの日本歴史絵巻だとか、世界の民族絵巻(私はモナコ王国の王様だったと記憶していますが)といった、それは豪華な行列を体育祭の昼休みに披露しました。そのなごりでしょうか、今も生徒会が中心となって色々なパフォーマンスが練り広げられています。生徒達が中心で先生が応援して行事を運営するは伝統として受け継がれていることを大変うれしく思っています。
これからは知恵や勇気が自分の将来を左右するでしょう。そのための最低の知識は必要です。しかし知識のみでは生きていけません。知識に知恵を+することで立派な人生を送ることが出来ます。そうすることで自分の考えを相手に伝える表現力もついてきます。自分の考えや意見を要領よく伝えたり、発表したりできる能力が重要になります。
それには、チャレンジする勇気が必要となります。世の大人は生徒さんに「将来の目標を」とか「少年よ大志を抱け」なんて云われる方もあるでしょうが、将来「自分はこんな人間になるのだ」とはっきり云える人は少ないのではないでしょうか。目標をもっても仕方がないと私は云っているのではありません。必ずしも目標どおりにはいかないことが多くても、何らかの目標や夢をもって、それに向かってチャレンジの努力をすることです。例えば野球でもあのPLなんかの強豪がひしめきあっている大阪では、とても優勝や甲子園は夢もいいとこですね。でもそれに向かってチャレンジし、努力するのです。昨年よりも今年は少しでもそれに近づこうという可能性を持って練習することです。このことが将来の自分を作り上げて行く上で、高校生でしか出来ない経験だと思います。
そしてもう一つ、コミュニティやふれあいの中で相手の立場を理解することを次の池高生が受け継いでいただきたい。一人でも多くの人に親しみを感じられる、ひとに恥じることのない、感性豊かな、味のある人生にチャレンジされ、私達承風会のメンバーとなられることを期待して、私のお話しとします。ありがとうございました。

生徒代表の言葉

生徒代表の言葉
岡田友歩さん(2000年度後期執行委員長)
先程の国司さんが通っていらっしゃった頃の池島のお話。大変楽しく聞かせていただきました。今の池島にも"怖い先生"はおられます。あえてここでは名前を出しませんが。(笑)しかし、さすがに「立ってろ!!」とまでは言われませんし、プールの中に投げ込もうという発想自体思いつきません。やはり、時代は変わったんだなあ...と実感しました。最近ではそんな先生方ほど優しく、そして僕達のことを考えてくれているような気がします。
それと、今の池高には、俗に言う『校則』と呼ばれているものはありません。制服も標準服としてはありますが、別にそれを着なければいけないわけではないのです。しかし、その、校則がないという自由は、様々なことを常識的に考え自分で判断しなければいけないということを含んでいます。普通に考えれば、校則という決められた範囲の中で、何も考えずに過ごす方がどれだけ楽か...。やはり自由というものは、何に変えても一番大変なことだと思います。しかし、池島ではあえて『自主自律』の精神をモットーとしています。そんな自主自律の精神の中で生活することは、実際とても大変なことです。しかしそれができているということは、それだけですごいことではないかと思います。
そんな中、今の池高生は、先輩方から素直さや真面目さを受け継いていますが、どこかしら受け身である感じをうけます。確かに、今の社会状況では仕方ないことかもしれません。"受験勉強のための詰め込み型の勉強"皆が皆そうではあるとは言いませんが、そうならざるを得ない人も少なくないはずです。例えば、執行部、体育祭・文化祭運営部に入らない理由。めんどくさい、大変そう...そういったものがほとんどです。しかし、それは池高に限らずどこの学校でも同じことです。それだけではなく最近は「きっと誰かがしてくれるだろう」という考え、そして誰かの敷いてくれたレールの上を進む...そんな傾向が強まっていっているような気がします。そういう世の中なんだ...そう言ってしまえばそれまでなのかもしれません。しかし国司さんの話を聞いていると、そんな考えはふっとんでしまいました。定年後も自ら勉強しようとし、そして自分のやりたいことをやろうとするチャレンジ精神。今の僕等が見習わなけれぱならないものの一つだと思います。最近は、勉強ができる環境...それが普通になっています。それによって、勉強ができることのありがたさを忘れている気がします。
僕の通っていた中学校には、夜間中学というものがありました。そこに通っていた皆さんは、僕と同じくらいの年令から年輩の方、そして外国の方など様々でした。僕はその方々との交流をよくやっていたのですが、その中でわかったことがあります。年令も、生まれも違う。しかし、皆に共通していたことが1っありました。それが『勉強したい』という気持ちです。当時、僕は衝撃を受けました。『学校へ行き、勉強をする。それが実は素晴らしいことなんだなあ...』。目を輝かせながら授業を受けている夜間の皆さんをみて、そう思いました。
国司さんの言われた通り、必ずしも目標が達成できるわけではありません。そんな易々と達成できたなら、それは目標になりえません。ただの通過点です。自分なりの目標。それがクラブである人もいる。勉強である人だっているでしょう。そういった様々な目標に対して、自ら進んでチャレンジすること。それが、今の僕らに一番欠けているものであり、今の私達にとって、一番大切なことではないかと思います。そういう、自分なりの目標をもって、この高校生活を過ごしていければいいな...と思います。

タイムカプセル埋蔵 生徒自治会執行部の諸君

式典第二部


吹奏楽部による演奏

氏家美紀さん(高校34期)によるソプラノ独唱

伊藤礼子さん(高校33期)によるピアノ独奏
コーラス部OB・OG諸氏による混声合唱

祝賀会



開宴の言葉

祝賀会場の様子

盛大な鏡割り

乾杯

コーラス部再登場 逍遥歌・池田中学校歌披露

学校長謝辞

みんなそろって校歌の大合唱

閉演の言葉